2013年7月14日

海外医薬ニュース2013年7月14日号



【ニュース・ヘッドライン】




  • 米国でも子宮頸癌予防用ワクチンの普及は遅い
  • KYOTO HEART STUDYについて
  • 免疫寛容療法錠は喘息症の増悪も予防する
  • ノバルティスの抗IL-17A抗体の第三相試験が成功
  • ロシュがPPAR作動剤の開発を遂に断念
  • 米国でibrutinibが承認申請
  • 米国で新しいEPA/DHA製剤が承認申請
  • ランタスのバイオシミラーがEUで承認申請
  • ベーリンガーのEGFR阻害剤が米国で承認


【今週の話題】


米国でも子宮頸癌予防用ワクチンの普及は遅い

(2013年7月9日発表)

MSDの子宮頸癌予防用ワクチンGardasil(和名ガーダシル)は2006年の承認後急速に普及し翌年の売上高が14億ドル、欧州におけるサノフィとの合弁の売上高を含めれば18億ドルに達したが、当初需要が一巡した後は伸び悩んだ。米国では9歳以上が対象になるが、実際に接種したのは13~18歳の女性が中心で、他の年代や男性には中々普及しなかった。グラクソ・スミスクラインがCervarix(和名サーバリックス)を発売した後も状況は変わらなかった。

むしろ、様々な国で深刻な副作用症例が報告され、需要に水を差す結果になってしまった。日本も同じで、メディアは当初、夢のワクチンのように報道していたが、海外と同様な失神・死亡例が報告されるや、掌を返した。自分で判断せずに専門家の意見を鵜呑みにして報道する悪い癖はイレッサ事件の時から変わっていない。

さて、American Journal of Preventive Medicine(AJPM)誌に、米国産婦人科学会の会員を対象としたアンケートの結果が掲載された。ボストン大のPerkins医学博士らによる論文で、これらのHPVワクチンとPap検査の実施状況を尋ねたもの。1000人中366人から有効回答があった。

結果は、92%の産婦人科医がガイドラインに則って患者にワクチン接種を推奨。しかし、推奨に従って殆どの患者が接種したと答えた医師は27%に過ぎなかった。最も大きな障害は親や患者本人の拒否。著者は、啓蒙活動強化の必要性を訴えている。

この論文はAJPM誌のホームページで先行刊行され、オープンアクセスになっている。内容的には特に意外ではないので、おそらく、今回の調査は啓蒙の必要性を訴えるためのエビデンス作りとして行われたのだろう。何れにせよ、普及が期待外れに終わったことに対して専門医が危機感を持っていることが分かる。

HPVワクチンで残念なのは、癌原性を持つHPV16型・18型のウイルスに既に長期間感染している患者には癌予防効果が見られないことだ。私は、米国で承認される前は、事前に検査をして陰性だったら接種する用法を想定していたが、実現しなかった。ワクチン領域にはテイラーメイド・メディスンの発想はないのだろう。沢山の人が接種対象になるので検査の費用は馬鹿にならず、また、感染者と分かった後の相談・ケアも大変だからだろう。

代わりに導入されたのは、まだ感染していないであろう10歳前後の少女に接種する方法だった。早く接種すると肝心の時に免疫が弱体化してしまわないか心配になるが、長期追跡調査のエビデンスは数年分しかなかった。専門家は、もし減弱するようならもう一度打てばよいと論じていたが、ブースター・ワクチンが必要になるかもしれないことを知っている患者はどれほどいるのだろうか?

ワクチン全般について残念なのは、推進する人たちが兎角、良いことばかりを言って一般人が不安になるようなことは言いたがらないことだ。深刻な疾患を防ぎたいという善意に基づくものだけに軽々には批判できないが、今回の失神問題にしても、先行導入された国でも大きな問題になり普及の妨げになったのだから、普及を推進するためにも、事前にリスクを周知徹底しておくべきだったろう。

それ以上に、持続的感染患者には効かないことや、ワクチンに配合されていない型のウイルスには十分な効果がない場合があることをきちんと説明すべきだろう。ワクチン効率とか、副反応とか、学問的には正確でも一般人には分かりにくい言葉・定義に頼るのを止めるべきだ。私はMedicine Blogで科学者の真実と一般人の真実は異なると主張したが、考えてみれば、ワクチン効率の計算方法はintent-to-treatではないので、今日の医療の考え方にも反するのである。

(子宮頸癌予防用ワクチンの効果に関する私の検討に興味のある人は、下記のブログ記事を読んでください。)

リンク:American Journal of Preventive Medicineのプレスリリース(pdfファイル)

リンク:Perkinsらの論文(American Journal of Preventive Medicine、pdfファイル)

リンク:サーバリックスにできる事とできない事(Medicine Blog)

KYOTO HEART STUDYについて

(2013年7月11日発表)

京都府立医科大は、KYOTO HEART STUDYについて、結論に誤りがあった可能性が高いと発表した。一方、ノバルティスは、この報告からは恣意的なデータ操作があったことは確認できないと発表した。

不祥事が起きた時はどうしても犯人探しを最優先にしてしまうが、本当に重要なのは再発防止策だ。データ入力にミスがあったならばダブルチェックを行うべきだし、データの解析を製薬会社に丸投げしているならば抜き出し調査だけでもできるよう研究者側が体制を整えるべきである。今回の発表も重要なインプリケーションを含んでいる。

多くの研究者が指摘しているように、PROBE法には様々な欠陥がある。しかし、二重盲検は医療行為に様々な制約を課すので、長期間実施するアウトカム試験でPROBE法を採用するのは已むを得ない面がある。そもそも、二重盲検偽薬対照試験だって、定期的に血圧を検査するのだから実薬なのか偽薬なのか高い確率で当てることが可能だろう。

少しでも盲検に近付けるため、PROBE法では医師が心血管疾患発生と判定した場合に第三者が検証する仕組みが導入されている。しかし、『発生していない』という判定は査読対象外なので、担当医の恣意を完全に排除することはできない。心血管アウトカム試験はtime-to-event分析を行うので、例えば試験薬を服用している患者で狭心症が発生した時に、判定・報告を遅らせれば試験薬に有利な結果を出すことができる。

このようなことを少しでも防ぐためには、評価対象とする事象を厳選することが肝要だ。第一に、定義を明確にすること。『心筋梗塞』一つを取っても治験によって定義が異なる。担当医の判定も人によって異なる可能性があるので、できるだけ明確で紛れのない定義を採用すべきである。第二に、事後的な検証が可能なものだけを含めること。担当医の判断を第三者委員会が覆すと色々と厄介な問題が生じるので、治験を成功させるためにも重要だ。第三に、早い発見ではなく早い発症を検出するよう工夫すべきだ。

ノバルティスの言うように、ある専門家の判定が別の専門家によって覆されるというのは決して珍しくない。だが、評価者によって結論まで変わってしまうとしたら、そのような事象/定義を選択したことがそもそも間違いだったのだろう。この試験で大きな群間差があったのは、狭心症と脳卒中だった。どのような定義を採用したのか知らないが、一般論で言えば、前者は医師の主観が入りやすい。後者も、もしCTやMRIの結果だけで判定することが許されていたならば、対照群の患者に積極的に検査を行うことで早く発見することができる。

FDAの心臓腎臓薬チームは主評価項目事象の報告漏れや追跡打切り例が多いことを度々警告している。今回の事件は日本だけの問題ではないのである。偽薬対照試験でも完璧ではないのだから、PROBE法で臨床研究を行う場合は、従来以上に厳格なプロトコルを採用して、李下に冠を正すことのないようにしなければならない。

ディオバンのアウトカム試験疑惑はキーパーソンの協力が得られない模様で依然として事実関係が藪の中だ。研究の証跡をロクに保存せず、密室で行ったのだろう。慈恵医大も調査を行っているようなので、進展のあることを期待したい。もう一つの注目は、未だに撤回されていないAmerican Journal of Cardiologyの論文だ。同誌も再検討して見解を表明すべきだろう。

リンク:Kyoto Heart StudyのAJCC論文(PubMed)

【新薬開発】


免疫寛容療法錠は喘息症の増悪も予防する

(2013年7月11日発表)

デンマークの免疫寛容療法剤メーカーであるALK(OMX:ALK.B)は、イエダニ抗原を含有する免疫寛容療法用錠剤(AIT)の二本目の第三相試験が成功したと発表した。アレルギー性鼻炎患者の症状軽快効果を検討した一本目に続いて、アレルギー性喘息の増悪予防効果を検討した試験が成功したことは大きな意義がある。2014年に欧州で承認申請される予定。

この試験は欧州13ヶ国のイエダニ・アレルギー性喘息症患者834人を組入れて、二種類の用量のAIT(一日一回経口投与)を偽薬と比較したもの。全群とも吸入ステロイドを同時使用した。但し、具体的なデータはp値が0.05未満だったことしか記されていないので、治療効果の多寡は不明。8月14日の上期決算発表時に追加的な開示が行われる予定。

免疫寛容療法はアレルゲンを少量ずつ長期間投与することで体を慣れさせる。注射薬が主流だが、AITは患者の負担が小さいことが長所。欧州では既に幾つかの製品が実用化されているが、米国でも同社の技術を導入したMSDがブタクサ・アレルギー用とチモシー・アレルギー用の第三相試験を成功させ、今年、承認申請した。日本でも鳥居薬品がライセンスしてアレルギー性鼻炎とアレルギー性喘息の第二/三相試験を実施中。

欧米のアレルギー性鼻炎はブタクサとチモシーのような芝、そしてイエダニによるものが多い。スギ花粉アレルギーは少ないようで開発が遅れているが、鳥居を始め日本の複数の製薬会社が開始したので、何年か後には登場するかもしれない。

リンク:ALKのプレスリリース

ノバルティスの抗IL-17A抗体の第三相試験が成功

(2013年7月8日発表)

ノバルティスは、AIN457(secukinumab)の第三相プラク乾癬試験が成功したと発表した。奏効率が偽薬を上回っただけでなく、二次的評価項目であるEnbrel(etanercept、和名エンブレル)との比較でも有意に上回った。乾癬性関節炎などの試験の結果を待って承認申請に向かうことになりそうだ。

抗IL-17A薬はTNFアルファ阻害剤と同様に様々な自己免疫疾患に効果がある様子で、リウマチ性関節炎や強直性脊椎炎でも第三相段階、2014年以降に結果が出る見込み。

リンク:ノバルティスのプレスリリース

リンク:今回の試験の治験登録(AIN457で検索してもヒットしない)

ロシュがPPAR作動剤の開発を遂に断念

(2013年7月10日発表)

ロシュはRG1439(aleglitazar)の開発を中止した。これで、PPARアルファ/ガンマ作動剤の開発は私の知る限り全て失敗したことになる。専らPPARガンマを作動する薬も、おそらく、販売中止になったtroglitazoneを含めて三剤で打ち止めだろう。二型糖尿病の原因となる異常を根源的に治療するとか、血糖値だけでなく脂質異常も治療するとか、かっては大きな期待が寄せられたものだが、一体何だったのだろう?そういえば、ARBも発売当初は降圧を超えた臓器保護作用を持つと謳われたものだが、幻だった。

開発中止の引き金は、心血管アウトカム試験で骨損壊、心不全、胃腸出血などの有害事象に群間の偏りがあったため。薬効に関する無益性分析も行われ、治験を続行しても心血管疾患予防効果を立証できる可能性は極めて低いと判定された。

ロシュはActos(pioglitazone)と差別化できるか否かを検討するために、心機能や腎機能を示す代理マーカー(臨床検査値)の変化を直接比較する第二相試験を実施、安全性が良好であることを確認した。それなのに副作用が切っ掛けで開発中止になったのは意外だが、投与期間と相関するのかもしれない。様々なPPAR作動剤の動物毒性試験で、心臓有害事象は用量だけでなく投与期間とも関連性が見られた。aleglitazarもアウトカム試験の用量(150mcg)より高量を投与した試験で心不全が少数だが発生した。

ActosのPROACTIVE試験では心血管疾患の発生状況を示すActos群と偽薬群のカプラン・マイヤー・カーブが早い段階で分かれており、もしPPAR作動剤共通の効能なら、aleglitazarの試験でも比較的早く発現したはずだ。大規模アウトカム試験は一本しか実施されないのが通例だが、こうなると、PROACTIVE試験のエビデンスしかないのが残念だ。

(日本でもJ-DOIT3試験が実施されているが、血糖値だけでなく多面的な強化療法を従来療法と比較しているので、もし成功したとしても、どの薬や生活習慣改善法が寄与したのか、全ての介入方法が有益なのかどうかは分からない。)

aleglitazarにせよ、ARBにせよ、特別な効能はないことが判明したのは大規模アウトカム試験が行われたからである。思い込みや信念に基づいた医療ではなく、一つ一つ地味に確認していくことの重要性を示唆している。

リンク:ロシュのプレスリリース

【承認申請】


米国でibrutinibが承認申請

(2013年7月10日発表)

Pharmacyclics(Nasdaq:PCYC)は、Btk阻害剤PCI-32765(ibrutinib)を米国で承認申請したと発表した。適応は再発性・難治性のマントルセル・リンパ腫と慢性リンパ性白血病/小リンパ球性リンパ腫。FDAにブレークスルー・セラピー指定されている。第三相試験の結果はまだ出ていないはずなので、申請が受理されるか一抹の不安を感じる。

Bruton's tyrosine kinaseはBセルの生存機構を様々な経路で調停しており、阻害するとアポトーシスを誘導できるとのことだ。第二相試験ではORR(客観的反応率)が6割以上と大変良い成績を上げた。米国は血液癌の薬を反応率のデータに基づいて承認した前例があり、EUとは考えを異にしている。それだけに、第二相試験のデータに基づいて仮承認して進行中の第三相試験の結果が出た段階で本承認に切り替えるシナリオは十分に考えられる。

このシナリオが実現するかどうかは、安全性次第だろう。深刻な副作用が少なければ、副作用で死亡するリスクと薬効で長生きする可能性を天秤にかける必要がなくなり、ORRが高いので寿命が延びるはずと推測することが可能になる。そうでない場合は、エビデンス不足と判定される可能性がある。

Pharmacyclicsはジョンソン・エンド・ジョンソンと提携しており、承認後は共同販売する予定。

リンク:Pharmacyclicsのプレスリリース

米国で新しいEPA/DHA製剤が承認申請

(2013年7月9日発表)

Omthera Pharmaceuticals(Nasdaq:OMTH)は、Epanovaを米国で承認申請したと発表した。魚由来の高純度EPA/DHA製剤で、重度高トリグリセライド血症の治療に用いる。同種の薬ではLovaza(欧州名Omacor、和名ロトリガ)が米国では2005年に発売されているが、Epanovaはエチルエステルではなく遊離脂肪酸なので、代謝を受けなくても腸壁を通過でき、吸収・生物学的利用率の面で優れているとのことだ。

EPA/DHAは心臓疾患を防ぐ効果が曖昧で、日本で行われたJELIS試験が成功し注目されたが、他の国で行われたLovazaなどの試験は多くがフェールした。JELISはEPAだけの製剤を用いたのでDHAは却って邪魔なのかもしれないが、PROBE法の試験なのでエビデンスとしてはやや弱い。そもそも、JELISは重度高トリグリセライド症の患者を対象とした試験ではない。

Omtheraはアストラゼネカが買収で合意しており、将来は、Crestor(rosuvastatin)の合剤もラインアップされる見込み。

リンク:Omtheraのプレスリリース

ランタスのバイオシミラーがEUで承認申請

(2013年7月8日発表)

イーライリリーは、LY2963016をEUで承認申請し受理されたことを明らかにした。Lantus(insulin glargine、和名ランタス)のバイオシミラーで、一型と二型の糖尿病患者を組入れて直接比較試験を実施したとのことだ。

バイオシミラーは小分子薬のジェネリックと異なり価格がそれほど割安ではなく、また、同じ薬とはいえない(だからシミラーと呼ばれる)ので、欧米市場では2~3割程度のシェアしか取れていない。逆に言えば、安売りしなくてもよく、また、メーカーが情報提供活動も十分に行わなければならないので、リリーのような特許性新薬メーカーにとっても、有望な製品。将来のバイオシミラー市場は一部の大手GE薬メーカーと特許性新薬メーカーが牛耳るというのが私の標準シナリオだ。

リンク:イーライリリーのプレスリリース

【承認】


ベーリンガーのEGFR阻害剤が米国で承認

(2013年7月12日発表)

FDAは、Gilotrif(afatinib)を非小細胞性肺癌用薬として承認した。ベーリンガー・インゲルハイムが承認申請していた不可逆的EGFR/her2阻害剤で、Tarceva(erlotinib、和名タルシバ)等と同様に、事前にEGFR検査を行ってエクソン19欠損型、またはエクソン21のL858R置換型(858番目のアミノ酸がロイシンでなくアルギニン)であった場合に適応になる。優先審査の対象だった。

米国では非小細胞性肺癌の1割程度でEGFR遺伝子変異が見られ、その大半がエクソン19欠損/エクソン21 L858R置換型。アジア人種はもっと多く、ベーリンガーも中国などアジアの医療施設を中心に臨床試験を実施した。EGFR活性化変異のない患者も組入れた試験はフェールしたが、限定した試験ではPFS(無増悪生存期間)がプラチナ薬など二剤を併用した群より高かった。但し、延命効果は確認されなかった。

有害事象による治験離脱は対照群より少なかった。EGFR阻害剤なので下痢や皮膚有害事象などのリスクがあり、深刻な場合は下痢が腎不全や重篤な脱水に繋がったり、重度発疹、肺の炎症、肝毒性などが発生することがある。



リンク:FDAのプレスリリース

今週は以上です。

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