2012年8月12日

海外医薬品ニュース週末版 2012年8月12日号




【ニュース・ヘッドライン】



    このところ新薬承認絡みの明るい話題が多かったのですが、今週は幕引き、退場話が相次ぎました。

  • アバスチンの神経膠芽腫一次治療試験が成功
  • 静注点滴用bapineuzumabは開発中止
  • 抗IGF-1受容体抗体の第三相試験がまたフェール
  • トーリセルのアバスチン併用試験はフェール
  • 遺伝子組換え型ヒト・ラクトフェリンの非小細胞性肺癌試験がフェール
  • 9価子宮頸がん予防ワクチンの承認申請と、ゼチーアのアウトカム試験結果が遅延
  • FDAがルセンティスの適応拡大を承認
  • BMSがアミリン社の買収を完了
  • 破産法適用申請と会社更生法適用申請



【新薬開発】


アバスチンの神経膠芽腫一次治療試験が成功

(2012年8月10日)

ロシュは、Avastin(bevacizumab、和名アバスチン)の神経膠芽腫一次治療試験の主評価項目二つのうち、無増悪生存期間の解析が成功したと発表した。放射線療法とtemozolomideを用いる標準療法と、更にAvastinを用いる療法を比較した試験で、もう一つの主評価項目である全生存期間の解析は2013年の見込み。

Avastinは神経膠芽腫の二次治療に単剤投与することが承認されていて、国によっては、irinotecan併用も認められている。根拠となった試験は単剤と併用の二群だけでirinotecan群や偽薬群が設定されずキチンとした対照試験ではなかったことがエビデンス面の弱点になっている。また、Avastinのような血管新生阻害剤を用いると血管や腫瘍の表面が安定化するためMRI造影剤の組織浸潤が減少し、腫瘍が小さくなったように見えてしまう可能性もある。このため、MRI画像に基づく増悪判定ではなく、延命効果を確認する必要がある。

従って、今回の解析成功が朗報であることは確かだが、今回の試験の最も重要なミッションは、あと一年追跡して延命効果を確認することだ。

リンク:ロシュのプレスリリース

静注点滴用bapineuzumabは開発中止

(2012年8月6日)

抗アミロイド・ベータ42抗体bapineuzumabをアルツハイマー病治療薬として共同開発していたエラン、ファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソンの三社は、第三相試験の中止を決めた。米国と米国外の施設を中心に、夫々ApoE Epsilon 4型とそれ以外の患者を対象に計4本を実施してきたが、米国試験が二本ともフェールした。詳細は不明だが、どちらの試験でも血管原性浮腫が発生した模様。米国外の試験が遅れたのはこの副作用に対する懸念が原因と推測されるので、完了を待たずに中止するのも已むを得なかったのだろう。

抗アミロイド療法の第三相試験は複数の小分子薬が既にフェールしており、残りはイーライリリーのsolanezumabの結果がおそらく3ヶ月以内に発表されるのを待つだけとなった。疾病進行をゆっくりと少しずつ遅らせる効果を検出するために大規模な長期試験を行っても駄目となれば、抗アミロイド療法に期待するのは難しくなる。新薬開発方針を大きく方向転換する時期が近づいている。

bapineuzumabの第三相試験は静脈点滴用製剤を用いたが、報道によると、第二相段階の皮注用製剤の開発は続行される模様だ。若年性アルツハイマー病に開発されるという見方も出ている様子。

若年性患者はベータ・セクレターゼなどの遺伝子変異を持っていることがあり、抗セクレターゼ薬の試験対象としては最も適しているように感じられる。bapineuzumabに適した患者もいるだろう。抗癌剤と同様に、アルツハイマー病も、思い切って第三相試験を開始して大成功を夢見るのではなく、少なくとも最初はその薬のメカニズムに最適な患者だけを組入れる工夫が必要なのではないか。

bapineuzumabは、元々はアイルランドのバイオ企業エランとワイスが共同で実施してきたアルツハイマー病免疫療法の研究から生まれたものだ。第三相試験開始後の09年に、ファイザーがワイスを買収しジョンソン・エンド・ジョンソンがエランの持つ権利の50.1%を取得してドリームチームが誕生した。

リンク:ファイザーのプレスリリース

リンク:ジョンソン・エンド・ジョンソンのプレスリリース

抗IGF-1受容体抗体の第三相試験がまたフェール

(2012年8月8日)

アムジェンは武田薬品と提携して抗IGF-1受容体完全ヒト化抗体AMG479(ganitumab)の第三相膵癌一次治療併用試験を行っていたが、中間解析で無益性が認定されたことから、中止が決定された。gemcitabineと併用しても、gemcitabineだけの群と大差なかった。

抗IGF-1受容体抗体ではファイザーがfigitumumabの第三相非小細胞性肺癌試験を行ったことがあるが、一次治療三剤併用試験も二次治療Tarceva(和名タルセバ)併用試験も中間解析で打ち切られた。前者の試験では、carboplatinやpaclitaxelも含めて薬剤の減量例や投与遅延例が多く発生したので、敗因は忍容性だろう。

ganitumabは治験対象が異なり、また、治験データも未公表だが、もしfigitumumabと似たような結果ならば、そもそも、なぜ第三相試験を行ったのか問われる公算がある。

リンク:アムジェンのプレスリリース

トーリセルのアバスチン併用試験はフェール

(2012年8月10日)

ファイザーは、mTOR阻害剤Torisel(temsirolimus、和名トーリセル)の末期腎細胞腫一次治療併用試験のフェールを発表した。Avastin(和名アバスチン)との二剤併用を、標準療法の一つであるAvastin及びアルファ・インターフェロンの併用と比較したが、無増悪生存期間が有意に優れてはいなかった。Toriselを単剤で高悪性度腎細胞腫に用いることは既に承認されている。

Toriselは免疫抑制剤や薬物溶出ステントに用いられているsirolimusのプロドラッグで、それ自体に抗腫瘍活性が見られるほか、他の抗癌剤とのシナジーも期待されたが、これまでの適応拡大試験は期待はずれに終わっている。同じ作用期序を持つノバルティスのAfinitor(everolimus・・・この活性成分も臓器移植後の拒絶反応防止やアボットのXIENCE薬物溶出ステントに用いられている)と対照的だ。

リンク:ファイザーのプレスリリース

遺伝子組換え型ヒト・ラクトフェリンの非小細胞性肺癌試験がフェール

(2012年8月6日)

ドイツのAgennix社は、talactoferrin alphaの第三相非小細胞性肺癌一次治療試験がフェールしたと発表した。標準療法二剤とtalactoferrinを投与した群はメジアン生存期間が7.5ヶ月、標準療法だけの群は7.7ヶ月だった。

第二相の二次・三次治療単剤投与試験では良さそうな数字が出たのだが、インドの施設だけで実施されたので、欧米の施設でも再現されるか不透明だった。臨床試験の費用を節約するためにコストの低い新興国の施設を多数、招じ入れるケースが増えているが、当然のことながら、リスクも高まる。

Agennixは1993年にバイエル医科大学の研究技術資産を基盤として設立された。ラクトフェリンは母乳に多く含まれる免疫調節物質で、先天的・後天的免疫を強化する。

リンク:Agennixのプレスリリース

9価子宮頸がん予防ワクチンの承認申請と、ゼチーアのアウトカム試験結果が遅延

(2012年8月7日)

MSD(米国メルク)は8月7日にSECに届出た四半期決算報告書の中で、臨床開発活動に関するアップデートを行った。注目されるのは、第一に、9価ヒト・パピローマ・ワクチンであるV503の承認申請予定時期が2012年から2013年に遅れること。同社のGardasil(和名ガーダシル)は子宮頸がんや性器のイボの原因になる四つの型のパピローマ・ウイルスの抗原を含有しているが、V503は九つなので、より高い予防効果が期待される。遅延の理由は不明。

また、Zetia(ezetimibe、和名ゼチーア)とZocor(simvastatin、和名リポバス)の合剤であるVytorinの心血管アウトカム試験(IMPROVE-IT試験)の完了が更に遅れる見込みになった。

解析計画が極めて保守的であるため、証券アナリスト達の当初の見込みでは、数回行われる中間解析の一つで心筋梗塞予防効果が確認され、繰上げ完了するはずだった。しかし、2012年3月に心血管イベント数が目標(5250イベント)の75%に達した段階で行われた中間解析でも目的達成に至らず、独立データ監視委員会は、続行を推奨するだけだった。次の中間解析は2013年3月、最終解析は2014年と一年遅れる見込み。

Zetiaは小腸のコレステロール・トランスポーター蛋白であるNPC1L1を阻害する独自の作用期序を持つ高脂血症治療薬で、スタチンと比べて効果は限定的だが、忍容性が比較的良いので、スタチンだけでは足りない患者に追加したり、スタチン不耐患者に適している。尤も、スタチンと異なり心筋梗塞を防ぐ効果は曖昧だ。アテローム抑制試験や心血管アウトカム試験が行われたが、治験対象や対照群が不適切であったために、成功してもフェールしても効果・無効が確認されたとは言い難かった。。

IMPROVE-IT試験は正念場であり、フェールしたらZetiaの需要は急減するだろう。最終解析の前提はsimvasatinだけを投与する群より心筋梗塞などの有害心血管イベントが9.375%減少する、という慎ましいものだ。スタチンにおけるLDL-C低下率と心血管イベント減少率の相関関係をあてはめると約10%というのは妥当な推定なのだが、もし本当にこの程度しか減少しなかったら、失望する医師もいるだろう。

ZetiaとVytorinはシェリング・プラウがMSDと共同開発したもので、MSDはシェリング・プラウを買収し権利を100%取得した。上述の第4相試験が不首尾に終わり、オピニオン・リーダーたちの一部が厳しい評価を下したことから、売上高が減少に転じた。日本ではバイエルが共同販売している。

リンク:FDA提出資料

【承認申請・承認】


FDAがルセンティスの適応拡大を承認

(2012年8月10日)

ロシュ(米国外ではノバルティスが販売)のLucentis(ranibizumab、和名ルセンティス)といえば、出血性黄班変性の治療だけでなく、臨床試験の評価項目まで変えた、歴史に名を残すべき薬である。浸出性加齢性黄班変性の試験では治験中に視力が一定以上悪化しなかったら奏効と見做すのが一般的だったが、Lucentisの登場後は、一定以上改善しない限り奏効とは呼べなくなった。

浸出性加齢性黄班変性のほかに網膜静脈閉塞性黄班浮腫でも承認されているが、今回、糖尿病性黄班浮腫の治療に用いることも米国で承認された。欧州では昨年、既に承認されている。

ロシュの米国子会社であるジェネンテックのプレスリリースによると、適応拡大試験で死亡率に偏りがあった模様だ。0.3mgを投与した群は24ヶ月死亡率が2.8%、対照群は1.2%だった。0.3mg群の36ヶ月死亡率は4.4%だった。Avastinは特に高齢者で心筋梗塞など虚血性疾患のリスクが高まるが、Lucentisは少量を硝子体に注射するだけなので、全身的な副作用は小さいはずだ。奇妙である。FDAのプレスリリースでは言及されていないので、薬との関連性は確立していないのだろう。

リンク:ジェネンテックのプレスリリース

リンク:FDAのプレスリリース

【製薬会社の動き】


BMSがアミリン社の買収を完了

(2012年8月9日)

BMSはアミリン社の買収を完了した。買収総額53億ドル、アミリンの負債やパートナーであったイーライリリーに対する債務を含めると70億ドルという大きな買い物だ。予定通り、アストラゼネカがBMSに32億ドルを払って利益を折半する権利を取得した。更に、重要な戦略的・財務的決定に対等な立場で参加するオプションも行使する。

アミリンの主力製品は二型糖尿病のGLP-1作用剤Byetta(和名バイエッタ)とBydureonで、活性成分はどちらもアメリカ毒トカゲの唾液から発見されたexendinを化学合成したexenatideだが、皮注頻度が前者は一日二回であるのに対して、後者はAlkermes社の長期徐放技術を活用して週一回で済むことが特徴。

ノボ ノルディスクのVictoza(和名ビクトーザ)など競合品の発売・開発が活発化する中で、アミリンと共同開発販売パートナーのイーライリリーの関係が悪化、提携解消となり、対抗策が後手に回っている印象があった。それだけに、DPP-4阻害剤Onglyza(saxagliptin)で提携関係にあるBMSとアストラゼネカの販売手腕に期待が掛かる。

アミリンは武田薬品と体重管理薬を共同開発している。レプチンと合成アミリンの併用療法はフェールしたが、アミリンは食欲の制御に係わる複数のホルモンを開発しており、併用研究のネタは豊富だ。尤も、社名に天然の膵臓ホルモンであるアミリンを冠するほど代謝制御ホルモンの研究応用に情熱を燃やしていた会社と異なり、BMSにとっては多くの開発プロジェクトの一つに過ぎないだろうから、開発打切りや提携を解消して知的財産を武田に売却するようなことも考えられるだろう。

リンク:BMSのプレスリリース

リンク:BMSとアストラゼネカのプレスリリース

破産法適用申請と会社更生法適用申請

(2012年8月2日、8月6日)

アミリンという会社はなくなるが、Byettaを開発した会社として名前を残すことになる。名前を残さずに退場することになりそうなのが、ジェンタとK-Vファーマシューティカル社だ。

前者は腫瘍関連遺伝子であるbcl-2の翻訳を阻害するアンチセンス薬、oblimersenを米国で承認申請したが、薬効のエビデンスが不十分と判定された。何とか追加試験を行わずに済むように様々な事後的分析を行って再申請(新薬承認申請の修正)を行ったが、時間の無駄になっただけだった。遂に、承認申請の9年8ヶ月後に当る今年8月2日に、チャプター7(破産法)適用申請を行った。

リンク:ジェンタのSEC提出文書

K-V社は2011年にMakena(hydroxyprogesterone)の承認を取得したが、期待ほど売れなかった。工場の品質管理問題に関するペナルティや不適切営業問題なども響き、8月6日にチャプター11(会社更生法)の適用申請に至った。

Makenaは早産の予防に使う薬。配合する活性成分はこれまでも調剤薬局(compounding pharmacy)品が未承認のまま用いられてきたのだが、K-VはFDAのスタンダードを満たすキチンとした試験を行って効果や安全性を確認した。ところが、同社は希少疾患用薬を開発した企業に与えられる7年間の独占権を取得したのに、FDAは調剤薬局が調合することを取り締まらず、また、多くの州のメディケイド(低所得者向け公的医療制度)がMakenaの使用を限定的にしか認めなかった。

医療予算が世界的に欠乏する中、同じ薬なら安いほうが良いに決まっているが、その薬が本当に効くのか、安全なのかを確認することは電卓だけでは解決できない課題だ。古くから使われている薬は歴史に支えられているが、承認審査のハードルは昔とは比べ物にならないほど高くなっているのだから、本来なら、薬効再審査を行っても良いくらいである。それだけに、キチンと承認を取得した会社が報われなかったのは残念だ。

リンク:K-Vのプレスリリース

今週は以上です。

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