2012年8月26日

海外医薬品ニュース週末版 2012年8月26日号



【ニュース・ヘッドライン】

  • イーラーリリーの抗アミロイド・ベータ抗体も第三相試験がフェール
  • BMS-986034は開発中止に
  • アクテムラ類似薬の第三相試験が着手
  • ファイザーのJAK阻害剤の承認審査期限が延期
  • 欧州心臓学会の注目演題(Efientなど)
  • 前立腺癌の予防法に関する正しい知識



【新薬開発】


イーラーリリーの抗アミロイド・ベータ抗体も第三相試験がフェール

(2012年8月24日)

イーライリリーは、LY2062430(solanezumab)の第三相アルツハイマー病治療試験が二本ともフェールしたことを公表した。プール分析で軽度の患者には統計学的に有意な認知機能低下抑制作用が見られた由だが、主評価項目で有意差が無かったのだから、本来の統計学では有意とは呼べないはずだ。証券アナリストの一部はFDAに承認される可能性もあると言っている模様だが、ありえないだろう。

solanezumabは先日、開発中止になったエラン/ファイザー/ジョンソン・エンド・ジョンソンのbapineuzumabと同様なアミロイド・ベータに結合する抗体医薬だが、結合部位が異なり血管原性浮腫のリスクが小さい模様。そのせいか、bapineuzumabの第三相試験では体重1kg当り1mgまたは0.5mgを13週間に一回点滴投与したが、solanezumabは400mgを4週間に一回点滴投与と、70kgの患者の場合で37倍または74倍の高量を投与できた。

このため、bapineuzumabより効果があっても不思議は無いのだが、現時点では、本当に効果があったのか分からない。二本の試験は何れも軽中度の患者1000人を組入れて80週間治療し、認知機能と生活機能の悪化を遅らせる効果を偽薬と比較したものだが、一本目はどちらもフェールした。軽度患者の認知機能悪化に有意差があったため、まだデータベースをロックする前であった二本目の試験の主評価項目をこれに切替えたが、有意差はなかった。再現性がなかったことは重要だ。

事前に設定されていた二次的評価項目のうち、認知機能に関するプール分析は有意差が出た。同様に事前設定の、軽度患者の認知機能に関するプール分析も有意差があった。しかし、どちらも、一本目の試験で軽度患者の認知機能が偽薬ほど悪化しなかったことが寄与したのだろう。二本目の試験で再現されなかったのだから、プール分析は意味が無い。検出力不足を補うために良く用いられる手法だが、この試験はアセチルコリン還元酵素阻害剤の試験と比べて組入れも追跡期間も長いので、サブセグメント分析でも検出力が低いとは考えにくい。

承認されるかどうかは兎も角として、注目されるのは、治療効果の多寡だ。抗アミロイド・ベータ療法の試験が大規模、長期なのは短期間の治療効果が小さいからである。厳密な統計学的には有意ではないのだが、もし有意だとしても、患者にとって意味のある治療効果が得られるかどうかは疑わしい。詳細は10月7-9日にボストンで開催される米国神経学学会などで発表される模様。

リンク:イーライリリーのプレスリリース

さて、抗アミロイド・ベータ療法の開発でもう一つ注目される動きが、5月に公表された、PSEN1変異を持つ健常者を対象とした若年性アルツハイマー病予防試験だ。

PSEN1はガンマ・セクレターゼの触媒部位で、アミロイド前駆蛋白からアミロイド・ベータを切り出す。コロンビア国にはE280A多型保有率の高いファミリーが5000人いて、若年性アルツハイマー病のリスクが高い。そこで、このファミリーのPSEN1を調べて、E280A多型を持つ200人をAC Immune社とロシュが共同開発しているMABT5102A/RG7412(crenezumab)を投与する群と偽薬群に無作為化割付して予防効果を検討する。

遺伝子検査の結果を知りたくない人もいるだろうから、E280A多型を持たない人も100人組入れ、偽薬を投与する。

E280A多型を持つ人は、アミロイド・ベータ40と比べて凝集性の高いアミロイド・ベータ42が多い由だ。これが発症の原因ならば、抗アミロイド・ベータ抗体の試験に適している。予防試験は多数の患者を長期間追跡しなければならないことがネックだが、発症率が高い層に絞り込めば克服できる。本来ならば、bapineuzumabもsolanezumabもこのような患者に絞り込むべきだった。

crenezumabは他の二剤とは異なり、IgG4型の固定領域を用いている。免疫刺激力を抑制することで血管原性浮腫を回避するアイディアで、実際、これまでの試験では発生していない模様だ。ロシュの第二相アルツハイマー病治療試験では体重1kg当り15mgを月一回、投与している模様であり、これはbapineuzumabの48倍または96倍に相当する。solanezumabと比べた特徴は、フィブリルやオリゴマーなど、様々な形態のアミロイド・ベータに結合すること。

この試験は、抗アミロイド・ベータ療法の有効性に関するファイナル・アンサーになりそうだ。

リンク:治験のスポンサーであるBanner Alzheimer’s Instituteなどのプレスリリース(pdfファイル)

リンク:ジェネンテック(ロシュの米国子会社)のホームページにおける説明

BMS-986034は開発中止に

(2012年8月23日)

BMSはC型肝炎ウイルスのNS5Bポリメラーゼ阻害剤、BMS-986094の開発中止を決めた。第二相試験で心不全が発生したことから治験中断となっていたが、この患者が死亡したことや、他にも8人が心臓、腎臓毒性で入院したことが理由。30人中9人、発生率3割は高すぎる。BMSは投与を受けた患者のモニターを続けると共に、副作用発生メカニズムを探求する考え。更に、FDAなどの承認審査機関や研究者と情報を共有する。

先週号で書いたように、類似した化合物であるアイデニクス(Nasdaq: IDIX)のIDX184もFDAから部分的治験中断を命じられた。一方で、ギリアッド(Nasdaq; GILD)のGS-7977(2011年に第三相試験開始)やヴァーテックス(Nasdaq: VRTX)のVX-222(第二相試験中)などは治験続行している模様だ。

NS5Bポリメラーゼ阻害剤はこれまでにも副作用による開発中止が少なくなかったが、原因事象は好中球減少症・貧血、肝機能検査値異常、胃腸毒性など区々である。今回の心腎毒性は初耳であり、それだけに、NS5B ポリメラーゼ阻害剤のクラス・イフェクトとは考えにくい。新薬開発というサバイバル・ゲームにはセットバックが付き物であり、最後まで生き延びて発売というゴールに到達する化合物が現れることを期待したい。

リンク:BMSのプレスリリース

アクテムラ類似薬の第三相試験が着手

(2012年8月23日)

ジョンソン・エンド・ジョンソンと開発販売パートナーのGSKは、CNTO 136(sirukumab)の第三相リウマチ性関節炎試験に着手した。

CNTO 136は抗IL-6完全ヒト化モノクローナル抗体(IgG1型)、で、日本発の抗体医薬Actemra(tocilizumab、和名アクテムラ、抗IL-6ヒト化モノクローナル抗体、IgG1型)と類似している。日本の研究者が関与しているのか、それとも単に日本の免疫研究に敬意を表したのか、シルクという日本的な一般名が付与されていることが目を引く。Actemraは皮注用製剤が年内にも承認申請される予定だが、CNTO 136は最初から皮注用だ。発売されれば有力な競争相手になりそうだ。

リンク:ジョンソン・エンド・ジョンソンのプレスリリース

リンク:グラクソ・スミスクラインのプレスリリース

【承認申請・承認】


ファイザーのJAK阻害剤の承認審査期限が延期

(2012年8月21日)

インターロイキンの作用をブロックする薬といえばもう一つ、ファイザーのJAK阻害剤CP-690,550(tofacitinib)がある。JAKはインターロイキン受容体の細胞内シグナル伝達に係わる酵素で、tofacitinibはJAK1、JAK2に対してJAK3選択性が高いが、JAK3がJAK1やJAK2とダイマーを形成することもあることが判明し、JAK3阻害剤ではなく単にJAK阻害剤と呼ばれるようになった。

インターフェロンを含めて様々なインターロイキンの作用を阻害するが、副作用の出方はActemraと良く似ている。経口投与なので、使いやすい。一方で、高用量を投じた臓器移植後拒絶反応防止試験では強力な免疫抑制作用を発揮したので、深刻な感染症や癌のリスクがないかどうかが注目点だ。

ファイザーは抗リウマチ薬として日米欧で承認申請、米国では諮問委員会の多数が承認を支持したが、承認審査期限が11月21日に、3ヶ月延期された。審査期限まで3ヶ月を切った時点で追加的な分析を提出したことが『承認申請の主要な変更』と見做されて、審査期間延長規定が適用された。

リンク:ファイザーのプレスリリース

【大規模試験】


欧州心臓学会の注目演題

ESC(欧州心臓学会)会議が8月25日から29日まで開催される。例年、様々な大規模アウトカム試験の結果が発表されるが、今回の注目は、日本時間今晩に発表されるTRILOGY ACS試験だろう。第一三共が創製しイーライリリーと共同開発販売している、Plavix(clopidogrel、和名プラビックス)より優れる抗血小板薬、Efient(prasugrel)の適応拡大試験で、成功なら潜在市場規模が拡大する。高齢者や肥満でない患者に対する至適用量も検討されるはずだ。

TRILOGY ACS試験は不安定狭心症または非ST上昇型心筋梗塞を発症してから10日以内の、PCIやバイパス術ではなく薬物療法を施行する予定の患者10000人余をEfient群(負荷用量30mg、維持用量は10mg一日一回、但し75歳以上と体重60kg未満は5mg)とPlavix群(負荷300mg、維持75mg)に無作為に割付けて、心血管イベントの発生状況を比較した適応拡大試験。

Efientは発売が2009年とPlavixより11年遅い分、適応がPCIを受ける患者だけに留まっており、薬物療法や末梢動脈疾患、脳梗塞は未承認。強力な抗血小板療法は脳梗塞の再発予防には適さない(頭蓋内出血のリスクが高まる)可能性があり、末梢動脈疾患はPlavixですら普及率があまり高くないので、Efientの適応拡大分野として最も有望なのが今回の用途だ。

成功間違いなしとは言えないだろう。薬物療法の対象になるのは主として心筋梗塞再発リスクがそれほど高くない患者や基礎体力の弱い患者だが、前者は強力な抗血小板療法の長所が発揮されにくい。リスクを30%削減できたとしても、発生率が30%から21%に下がるのと、10%から7%に下がるのではアピール度が異なる。深刻な出血の発生率はどちらのケースでも大差ないだろうから、便益とリスクのバランスが取れない可能性が生じる。

基礎体力の弱い患者は出血時の転帰が悪いかもしれないので、抗血小板療法の悪い面が目立ってしまう可能性がある。尤も、この患者層は75歳以上または60kg未満に該当する人が多いだろうから、維持用量を調節する新手法が奏効する可能性もある。

この新手法は、現在の承認用途における至適用量を検討する上でも重要なエビデンスになりうる。元々、TRILOGY ACS試験でこの手法を採用したのはPCI試験で75才以上あるいは60kg未満の患者の出血リスクが高かったことが理由だ。維持用量半減が至適なのか、再発予防効果も低下してしまうのか?ESCの第二の注目点だ。

リンク:TRILOGY ACS試験のデザイン・ペーパー(PubMed抄録)

このほかに医薬品のアウトカム試験では、Aldo-DHF試験(アルドステロン受容体ブロッカーspironolactoneの拡張期心不全試験)や、ALTITUDE試験(レニン阻害剤aliskiren、和名ラジレスの二型糖尿病アウトカム試験・・・腎障害を防ぐどころか悪化し脳卒中のリスクも浮上したため中間解析で中止、各国で用途・用法が制限された)の結果も26日のホットライン・セッションで発表される予定。

【病気と予防】


前立腺癌の予防法に関する正しい知識

(2012年8月22日)

xxはxx癌の予防に役立つ・・・TVの健康バラエティ番組や書店の医療書コーナーで良く見かける文句だが、文献に当っても十分な根拠が見つからなかったり、その後の研究で否定されていたりすることが、ままある。まあ、トマトのようなポピュラーな食物ならもし効果が無かったとしても栄養にはなるだろうが、十分なエビデンスを欠いたまま安易に布教するのは学問の妨げになりかねない。

日本でも大規模な調査が行われ、ある程度優れたエビデンスが構築されているのだが、このような良貨を悪貨が駆逐してしまいかねない。大規模な研究には資金が必要であり、資金を集めるためには、時間と人手が掛けなくては真実を知ることができないことを社会に理解してもらう必要がある。

今回は、サイエンスデイリーに掲載された、前立腺癌に関する六つの質疑を紹介しよう。食物やサプルメント、検査などの有効性に関して、Fred Hutchinson Cancer Research Centerの研究者の意見を尋ねたもの。PSA検査に関するものは我田引水を感じるが、何にせよ、色々な意見が存在することを知ることは有益だろう。

謎1:トマト製品の摂取は前立腺癌を予防する。

回答:誤り。初期の研究ではトマトの赤色色素であるリコピンの摂取量と前立腺癌の間に関連性があったが、その後の研究では再現されていない。

謎2:テストステロン量が高いと前立腺癌のリスクが高まる。

回答:誤り。2008年にJournal of the National Cancer Instituteに刊行されたメタアナリシスでは、血中テストステロン濃度と前立腺癌の発症の間に何の関連性も見つからなかった。

謎3:魚油(オメガ3脂肪酸)は前立腺癌のリスクを引き下げる。

回答:二つの研究では、むしろ、アグレッシブで高悪性度の前立腺癌のリスクが高まる可能性が浮上した。

謎4:サプルメントは前立腺癌の予防に役立つ。

回答:セレニウムやビタミンEの前立腺癌予防効果を調べた過去最大規模のSELECT試験は、どちらのサプルメントも、また、両方を摂取しても、予防効果が無かったため中間解析で打ち切られた。その後の追跡研究では、ビタミンE群はむしろ前立腺癌のリスクが高かった。

謎5:PSA検査がきっかけで前立腺癌を発見しても、治療すべき癌とその必要が無い癌を見分けることは出来ない。

回答:過り。腫瘍量(バイオプシーで取得した標本のうち癌が見つかったものの数)やGleasonスコアも考慮することによって、治療すべきか、ウオッチフル・ウェイティング(患者を密接に観察するだけに留めて病気が進行したら介入する)が適切かを判定できる。

謎6:PSA検査がきっかけで前立腺癌が発見された患者のうち、治療で便益を受けるのは50人中一人のみ

回答:誤り。欧州で実施された大規模な前立腺癌予防試験の予備的解析に基づく数値だが、追跡期間が短いため、治療の便益を過小評価、治療から便益を受けない人の数を過大評価している。実際は10人に一人程度である。

リンク:ScienceDailyの記事

今週は以上です。

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2012年8月19日

海外医薬品ニュース週末版 2012年8月19日号




【ニュース・ヘッドライン】



    今週は海外もバケーション・シーズンのようでニュースが少ないですが、最初のトピックはやや心配です。

  • C型肝炎ポリメラーゼ阻害剤がまた部分的治験中断に
  • Ampyraの市販後臨床試験がフェール
  • ネキシウムも欧米などでOTCスイッチへ
  • エランが創薬活動をスピンアウトへ



【新薬開発】


C型肝炎ポリメラーゼ阻害剤がまた部分的治験中断に

(2012年8月16日)

抗ウイルス薬の開発に特化する米国の新興企業、アイデニクス社(Nasdaq: IDIX)は、FDAからIDX184の部分的治験中断(partial clinical hold)を命じられたと発表した。BMS-986094(旧称INX-189)の治験中断に次ぐもので、他のポリメラーゼ阻害剤にも波及するか、注目される。

C型慢性肝炎はウイルスの研究が進み、遺伝子に含まれる増殖に必要な蛋白を阻害する薬の臨床開発が活発化している。NS3/4A部位のプロテアーゼを阻害する薬が複数実用化されたのに続き、NS5Bポリメラーゼ阻害剤、NS5A複製複合体阻害剤などの臨床開発に拍車が掛かり、有望なコンパウンドを持つ新興企業の買収も活発化した。

その中で、NS5Bポリメラーゼ阻害剤の一つであるBMS-986094が、8月5日号で書いたように、第二相段階で治験中断となった。標準療法であるPEG化インターフェロンやribavirinと三剤併用した試験で重篤な心不全が一例発生したことが原因と考えられている。

BMS-986094とIDX184はどちらもグアノシン誘導体のプロドラッグで、活性代謝物が類似している。また、IDX184の第二相三剤併用試験では1割以上の患者で呼吸困難の有害事象が見られた(但し、8例はG1と軽度であり、G3重度は一例だけだった)。FDAが全例の心電図検査を要求したのは、この二つが根拠と推測される。尚、この試験は既にIDX184の投与を完了しており、他の二剤だけを投与するステージに入っている。他の試験でも、IDX184の投与を受けている患者はいなかった。

同社によると、IDX184のin vitro試験ではBMS-986094と異なり心毒性が見られなかった。また、アイデニクスの肝臓標的技術を用いて創製されたので活性代謝物の末梢濃度がBMS-986094の数分の一と低く、安全域を持っている。呼吸困難は併用した二剤の過去の試験でも発生しており、IDX184のせいとは言い切れない(アイデニクスの三剤併用試験では偽薬群が設けられていなかったので二剤併用群と比較することは出来ない)。

尚、アイデニクスとFDAの口頭のやり取りでは容疑がIDX184だけに向けられているのか、NS5Bポリメラーゼ阻害剤全体に及ぶのかは分からないとのことだ。株式市場では、ギリアッドやヴァーテックスなどNS5Bポリメラーゼ阻害剤を開発している他の企業の株価も下落した。

IDX184は以前にも治験中断になったことがある。他の開発品との併用試験で重度肝機能検査値異常が発生したことがきっかけで、結局、その開発品が開発中止になり、IDX184は治験再開が認められた。アイデニクスは治験中断を命じられることが多いような印象があり、新興企業にはありがちなことだが、ステージアップのゴー/ノー・ゴー判定が甘いのかもしれない。

リンク:アイデニクスのプレスリリース

Ampyraの市販後臨床試験がフェール

(2012年8月13日)

アコーダ・セラピュティクス(Nasdaq: ACOR)のdalfampridine徐放錠は多発性硬化症による歩行障害を改善する薬として米国ではAmpyra名で2010年に、EUではFampyra名で2011年に承認されたが、薬効が穏やかで意識喪失を伴う癲癇発作の懸念があることから、FDAもCHMPも当初は承認に前向きではなかった。忍容性を向上するために市販後試験を実施して承認用量(10mg一日二回経口投与)の半量をテストしたが、5mg群だけではなく10mg群もフェールした。

逃げ道は、二次的評価項目や第三相試験と同じ評価方法を用いたポストホック分析では10mg群が偽薬比有意であったことだ。薬効が確認されなかったからといって、承認が取り消されるリスクは小さいだろう。

評価方法によって結果が異なると言うことは、効果が小さいということである。上記のポストホック分析では、25フィート(7.5m)歩く平均速度の改善は10mg群が毎秒0.44フィート、偽薬群は0.30フィート、治療効果は毎秒0.14フィート(4cm)に過ぎない。dalfampridineの薬効が小さいことが再確認されたので、需要は減るだろう。

Ampyraはアイルランドの新興企業であるエランの徐放製剤技術を用いて共同開発したもので、米国ではアコーダが、米国外はバイオジェン・アイデックが販売している。アコーダの2011年の売上高は2.1億ドル、今年の会社予想は2.55-2.75億ドル。

リンク:アコーダ社のプレスリリース

【製薬会社の動き】


ネキシウムも欧米などでOTCスイッチへ

(2012年8月13日)

制酸剤はRx-OTCスイッチが活発で、H2ブロッカーに続いて、アストラゼネカのPrilosec(omeprazole、和名オメプラールなど)などもOTC版が発売され、商業的に成功している。同社は異性体のNexium(perprazole/INN、esomeprazole/USAN、和名ネキシウム)もOTCスイッチすべく、昨年欧州で承認申請、米国でも2013年申請の予定だが、今回、世界独占販売権をファイザーに供与した。

契約頭金は2.5億ドルで、これだけで同社の2012年の予想EPSを2%以上押し上げる、大きなディールだ。

大手製薬会社は新薬特化型が減少し、新興国市場を視野に入れてGE薬事業を強化したり、医療機器や眼科、皮膚科など収益源を多角化する企業が増えている。アストラゼネカは数少ない新薬特化型だが、他社との提携を活発化することで開発リスクを分散したり、今回の事例のように、超大型薬という財産を活用して財務力を強化する取組みを行っている。

リンク:アストラゼネカのプレスリリース

エランが創薬活動をスピンアウトへ

(2012年8月13日)

アイルランドの新興企業、エランはドラッグ・ディスカバリー部門をNeotope Biosciences社としてスピンアウトすることを決めた。同社の事業の三本柱のうち、ドラッグ・デリバリー事業は2011年にAlkermes社に資本の75%を売却しており、今後は、多発性硬化症用薬Tysabri、アルツハイマー病向けなどに開発しているELND005、アルツハイマー病免疫療法分野におけるジョンソン・エンド・ジョンソンとの合弁会社だけが残ることになる。

Tysabriはバイオジェン・アイデックとの共同開発・販売品だ。事業を絞り込めばバイオジェン・アイデックが買収オファーを打ち出しやすくなるので、今回のスピンアウトは秋波を送ったと言えるだろう。

リンク:エランのプレスリリース

今週は以上です。

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2012年8月12日

海外医薬品ニュース週末版 2012年8月12日号




【ニュース・ヘッドライン】



    このところ新薬承認絡みの明るい話題が多かったのですが、今週は幕引き、退場話が相次ぎました。

  • アバスチンの神経膠芽腫一次治療試験が成功
  • 静注点滴用bapineuzumabは開発中止
  • 抗IGF-1受容体抗体の第三相試験がまたフェール
  • トーリセルのアバスチン併用試験はフェール
  • 遺伝子組換え型ヒト・ラクトフェリンの非小細胞性肺癌試験がフェール
  • 9価子宮頸がん予防ワクチンの承認申請と、ゼチーアのアウトカム試験結果が遅延
  • FDAがルセンティスの適応拡大を承認
  • BMSがアミリン社の買収を完了
  • 破産法適用申請と会社更生法適用申請



【新薬開発】


アバスチンの神経膠芽腫一次治療試験が成功

(2012年8月10日)

ロシュは、Avastin(bevacizumab、和名アバスチン)の神経膠芽腫一次治療試験の主評価項目二つのうち、無増悪生存期間の解析が成功したと発表した。放射線療法とtemozolomideを用いる標準療法と、更にAvastinを用いる療法を比較した試験で、もう一つの主評価項目である全生存期間の解析は2013年の見込み。

Avastinは神経膠芽腫の二次治療に単剤投与することが承認されていて、国によっては、irinotecan併用も認められている。根拠となった試験は単剤と併用の二群だけでirinotecan群や偽薬群が設定されずキチンとした対照試験ではなかったことがエビデンス面の弱点になっている。また、Avastinのような血管新生阻害剤を用いると血管や腫瘍の表面が安定化するためMRI造影剤の組織浸潤が減少し、腫瘍が小さくなったように見えてしまう可能性もある。このため、MRI画像に基づく増悪判定ではなく、延命効果を確認する必要がある。

従って、今回の解析成功が朗報であることは確かだが、今回の試験の最も重要なミッションは、あと一年追跡して延命効果を確認することだ。

リンク:ロシュのプレスリリース

静注点滴用bapineuzumabは開発中止

(2012年8月6日)

抗アミロイド・ベータ42抗体bapineuzumabをアルツハイマー病治療薬として共同開発していたエラン、ファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソンの三社は、第三相試験の中止を決めた。米国と米国外の施設を中心に、夫々ApoE Epsilon 4型とそれ以外の患者を対象に計4本を実施してきたが、米国試験が二本ともフェールした。詳細は不明だが、どちらの試験でも血管原性浮腫が発生した模様。米国外の試験が遅れたのはこの副作用に対する懸念が原因と推測されるので、完了を待たずに中止するのも已むを得なかったのだろう。

抗アミロイド療法の第三相試験は複数の小分子薬が既にフェールしており、残りはイーライリリーのsolanezumabの結果がおそらく3ヶ月以内に発表されるのを待つだけとなった。疾病進行をゆっくりと少しずつ遅らせる効果を検出するために大規模な長期試験を行っても駄目となれば、抗アミロイド療法に期待するのは難しくなる。新薬開発方針を大きく方向転換する時期が近づいている。

bapineuzumabの第三相試験は静脈点滴用製剤を用いたが、報道によると、第二相段階の皮注用製剤の開発は続行される模様だ。若年性アルツハイマー病に開発されるという見方も出ている様子。

若年性患者はベータ・セクレターゼなどの遺伝子変異を持っていることがあり、抗セクレターゼ薬の試験対象としては最も適しているように感じられる。bapineuzumabに適した患者もいるだろう。抗癌剤と同様に、アルツハイマー病も、思い切って第三相試験を開始して大成功を夢見るのではなく、少なくとも最初はその薬のメカニズムに最適な患者だけを組入れる工夫が必要なのではないか。

bapineuzumabは、元々はアイルランドのバイオ企業エランとワイスが共同で実施してきたアルツハイマー病免疫療法の研究から生まれたものだ。第三相試験開始後の09年に、ファイザーがワイスを買収しジョンソン・エンド・ジョンソンがエランの持つ権利の50.1%を取得してドリームチームが誕生した。

リンク:ファイザーのプレスリリース

リンク:ジョンソン・エンド・ジョンソンのプレスリリース

抗IGF-1受容体抗体の第三相試験がまたフェール

(2012年8月8日)

アムジェンは武田薬品と提携して抗IGF-1受容体完全ヒト化抗体AMG479(ganitumab)の第三相膵癌一次治療併用試験を行っていたが、中間解析で無益性が認定されたことから、中止が決定された。gemcitabineと併用しても、gemcitabineだけの群と大差なかった。

抗IGF-1受容体抗体ではファイザーがfigitumumabの第三相非小細胞性肺癌試験を行ったことがあるが、一次治療三剤併用試験も二次治療Tarceva(和名タルセバ)併用試験も中間解析で打ち切られた。前者の試験では、carboplatinやpaclitaxelも含めて薬剤の減量例や投与遅延例が多く発生したので、敗因は忍容性だろう。

ganitumabは治験対象が異なり、また、治験データも未公表だが、もしfigitumumabと似たような結果ならば、そもそも、なぜ第三相試験を行ったのか問われる公算がある。

リンク:アムジェンのプレスリリース

トーリセルのアバスチン併用試験はフェール

(2012年8月10日)

ファイザーは、mTOR阻害剤Torisel(temsirolimus、和名トーリセル)の末期腎細胞腫一次治療併用試験のフェールを発表した。Avastin(和名アバスチン)との二剤併用を、標準療法の一つであるAvastin及びアルファ・インターフェロンの併用と比較したが、無増悪生存期間が有意に優れてはいなかった。Toriselを単剤で高悪性度腎細胞腫に用いることは既に承認されている。

Toriselは免疫抑制剤や薬物溶出ステントに用いられているsirolimusのプロドラッグで、それ自体に抗腫瘍活性が見られるほか、他の抗癌剤とのシナジーも期待されたが、これまでの適応拡大試験は期待はずれに終わっている。同じ作用期序を持つノバルティスのAfinitor(everolimus・・・この活性成分も臓器移植後の拒絶反応防止やアボットのXIENCE薬物溶出ステントに用いられている)と対照的だ。

リンク:ファイザーのプレスリリース

遺伝子組換え型ヒト・ラクトフェリンの非小細胞性肺癌試験がフェール

(2012年8月6日)

ドイツのAgennix社は、talactoferrin alphaの第三相非小細胞性肺癌一次治療試験がフェールしたと発表した。標準療法二剤とtalactoferrinを投与した群はメジアン生存期間が7.5ヶ月、標準療法だけの群は7.7ヶ月だった。

第二相の二次・三次治療単剤投与試験では良さそうな数字が出たのだが、インドの施設だけで実施されたので、欧米の施設でも再現されるか不透明だった。臨床試験の費用を節約するためにコストの低い新興国の施設を多数、招じ入れるケースが増えているが、当然のことながら、リスクも高まる。

Agennixは1993年にバイエル医科大学の研究技術資産を基盤として設立された。ラクトフェリンは母乳に多く含まれる免疫調節物質で、先天的・後天的免疫を強化する。

リンク:Agennixのプレスリリース

9価子宮頸がん予防ワクチンの承認申請と、ゼチーアのアウトカム試験結果が遅延

(2012年8月7日)

MSD(米国メルク)は8月7日にSECに届出た四半期決算報告書の中で、臨床開発活動に関するアップデートを行った。注目されるのは、第一に、9価ヒト・パピローマ・ワクチンであるV503の承認申請予定時期が2012年から2013年に遅れること。同社のGardasil(和名ガーダシル)は子宮頸がんや性器のイボの原因になる四つの型のパピローマ・ウイルスの抗原を含有しているが、V503は九つなので、より高い予防効果が期待される。遅延の理由は不明。

また、Zetia(ezetimibe、和名ゼチーア)とZocor(simvastatin、和名リポバス)の合剤であるVytorinの心血管アウトカム試験(IMPROVE-IT試験)の完了が更に遅れる見込みになった。

解析計画が極めて保守的であるため、証券アナリスト達の当初の見込みでは、数回行われる中間解析の一つで心筋梗塞予防効果が確認され、繰上げ完了するはずだった。しかし、2012年3月に心血管イベント数が目標(5250イベント)の75%に達した段階で行われた中間解析でも目的達成に至らず、独立データ監視委員会は、続行を推奨するだけだった。次の中間解析は2013年3月、最終解析は2014年と一年遅れる見込み。

Zetiaは小腸のコレステロール・トランスポーター蛋白であるNPC1L1を阻害する独自の作用期序を持つ高脂血症治療薬で、スタチンと比べて効果は限定的だが、忍容性が比較的良いので、スタチンだけでは足りない患者に追加したり、スタチン不耐患者に適している。尤も、スタチンと異なり心筋梗塞を防ぐ効果は曖昧だ。アテローム抑制試験や心血管アウトカム試験が行われたが、治験対象や対照群が不適切であったために、成功してもフェールしても効果・無効が確認されたとは言い難かった。。

IMPROVE-IT試験は正念場であり、フェールしたらZetiaの需要は急減するだろう。最終解析の前提はsimvasatinだけを投与する群より心筋梗塞などの有害心血管イベントが9.375%減少する、という慎ましいものだ。スタチンにおけるLDL-C低下率と心血管イベント減少率の相関関係をあてはめると約10%というのは妥当な推定なのだが、もし本当にこの程度しか減少しなかったら、失望する医師もいるだろう。

ZetiaとVytorinはシェリング・プラウがMSDと共同開発したもので、MSDはシェリング・プラウを買収し権利を100%取得した。上述の第4相試験が不首尾に終わり、オピニオン・リーダーたちの一部が厳しい評価を下したことから、売上高が減少に転じた。日本ではバイエルが共同販売している。

リンク:FDA提出資料

【承認申請・承認】


FDAがルセンティスの適応拡大を承認

(2012年8月10日)

ロシュ(米国外ではノバルティスが販売)のLucentis(ranibizumab、和名ルセンティス)といえば、出血性黄班変性の治療だけでなく、臨床試験の評価項目まで変えた、歴史に名を残すべき薬である。浸出性加齢性黄班変性の試験では治験中に視力が一定以上悪化しなかったら奏効と見做すのが一般的だったが、Lucentisの登場後は、一定以上改善しない限り奏効とは呼べなくなった。

浸出性加齢性黄班変性のほかに網膜静脈閉塞性黄班浮腫でも承認されているが、今回、糖尿病性黄班浮腫の治療に用いることも米国で承認された。欧州では昨年、既に承認されている。

ロシュの米国子会社であるジェネンテックのプレスリリースによると、適応拡大試験で死亡率に偏りがあった模様だ。0.3mgを投与した群は24ヶ月死亡率が2.8%、対照群は1.2%だった。0.3mg群の36ヶ月死亡率は4.4%だった。Avastinは特に高齢者で心筋梗塞など虚血性疾患のリスクが高まるが、Lucentisは少量を硝子体に注射するだけなので、全身的な副作用は小さいはずだ。奇妙である。FDAのプレスリリースでは言及されていないので、薬との関連性は確立していないのだろう。

リンク:ジェネンテックのプレスリリース

リンク:FDAのプレスリリース

【製薬会社の動き】


BMSがアミリン社の買収を完了

(2012年8月9日)

BMSはアミリン社の買収を完了した。買収総額53億ドル、アミリンの負債やパートナーであったイーライリリーに対する債務を含めると70億ドルという大きな買い物だ。予定通り、アストラゼネカがBMSに32億ドルを払って利益を折半する権利を取得した。更に、重要な戦略的・財務的決定に対等な立場で参加するオプションも行使する。

アミリンの主力製品は二型糖尿病のGLP-1作用剤Byetta(和名バイエッタ)とBydureonで、活性成分はどちらもアメリカ毒トカゲの唾液から発見されたexendinを化学合成したexenatideだが、皮注頻度が前者は一日二回であるのに対して、後者はAlkermes社の長期徐放技術を活用して週一回で済むことが特徴。

ノボ ノルディスクのVictoza(和名ビクトーザ)など競合品の発売・開発が活発化する中で、アミリンと共同開発販売パートナーのイーライリリーの関係が悪化、提携解消となり、対抗策が後手に回っている印象があった。それだけに、DPP-4阻害剤Onglyza(saxagliptin)で提携関係にあるBMSとアストラゼネカの販売手腕に期待が掛かる。

アミリンは武田薬品と体重管理薬を共同開発している。レプチンと合成アミリンの併用療法はフェールしたが、アミリンは食欲の制御に係わる複数のホルモンを開発しており、併用研究のネタは豊富だ。尤も、社名に天然の膵臓ホルモンであるアミリンを冠するほど代謝制御ホルモンの研究応用に情熱を燃やしていた会社と異なり、BMSにとっては多くの開発プロジェクトの一つに過ぎないだろうから、開発打切りや提携を解消して知的財産を武田に売却するようなことも考えられるだろう。

リンク:BMSのプレスリリース

リンク:BMSとアストラゼネカのプレスリリース

破産法適用申請と会社更生法適用申請

(2012年8月2日、8月6日)

アミリンという会社はなくなるが、Byettaを開発した会社として名前を残すことになる。名前を残さずに退場することになりそうなのが、ジェンタとK-Vファーマシューティカル社だ。

前者は腫瘍関連遺伝子であるbcl-2の翻訳を阻害するアンチセンス薬、oblimersenを米国で承認申請したが、薬効のエビデンスが不十分と判定された。何とか追加試験を行わずに済むように様々な事後的分析を行って再申請(新薬承認申請の修正)を行ったが、時間の無駄になっただけだった。遂に、承認申請の9年8ヶ月後に当る今年8月2日に、チャプター7(破産法)適用申請を行った。

リンク:ジェンタのSEC提出文書

K-V社は2011年にMakena(hydroxyprogesterone)の承認を取得したが、期待ほど売れなかった。工場の品質管理問題に関するペナルティや不適切営業問題なども響き、8月6日にチャプター11(会社更生法)の適用申請に至った。

Makenaは早産の予防に使う薬。配合する活性成分はこれまでも調剤薬局(compounding pharmacy)品が未承認のまま用いられてきたのだが、K-VはFDAのスタンダードを満たすキチンとした試験を行って効果や安全性を確認した。ところが、同社は希少疾患用薬を開発した企業に与えられる7年間の独占権を取得したのに、FDAは調剤薬局が調合することを取り締まらず、また、多くの州のメディケイド(低所得者向け公的医療制度)がMakenaの使用を限定的にしか認めなかった。

医療予算が世界的に欠乏する中、同じ薬なら安いほうが良いに決まっているが、その薬が本当に効くのか、安全なのかを確認することは電卓だけでは解決できない課題だ。古くから使われている薬は歴史に支えられているが、承認審査のハードルは昔とは比べ物にならないほど高くなっているのだから、本来なら、薬効再審査を行っても良いくらいである。それだけに、キチンと承認を取得した会社が報われなかったのは残念だ。

リンク:K-Vのプレスリリース

今週は以上です。

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2012年8月5日

海外医薬品ニュース週末版 2012年8月5日号




【ニュース・ヘッドライン】

  • BMSが慢性C型肝炎用薬の第二相試験を自主的に中断
  • リジェネロン/サノフィの新種のバイオ薬が承認
  • Arcalystの適応拡大は認められず
  • GSKが二種類の悪性黒色腫用薬を承認申請
  • アリアドがponatinibをローリング承認申請
  • ファイザーの抗リウマチ薬は承認遅延の公算



【新薬開発】


BMSが慢性C型肝炎用薬の第二相試験を自主的に中断

(2012年8月1日)

BMSは、BMS-986094(INX-08189)の慢性C型肝炎第二相試験を自主的に中断したと発表した。プレスリリースには記載されていないが、報道によると、証券アナリスト達は投与を受けた30人のうち一人で心不全が発生したことが原因で、開発中止の可能性が高いと言っている。2月に25億ドルを投じて買収したインヒビテックス社の最も重要な化合物が風前の灯となった。

たった一例で開発中止になるということは、第一に、重篤な急性心不全が発生したのだろう。第二に、原因として薬物誘導性不整脈が疑われ、尚且つ、これまでの治験でもQT延長(心電図に現れる脈拍異常)のリスクが見られたのだろう。

投与したのは200mgである模様。量を減らせば副作用を緩和できるかもしれないが、効果も減弱する。一型ウイルスに感染し初めて抗ウイルス治療を受ける患者に7日間投与した試験では、200mg群のウイルス量がメジアンで4.25 log10 IU/mL減少したのに対して、100mg群は2.53、50mg群は1.47 log10 IU/mLに留まった。

BMS-986094はヌクレオチド系のNS5Bポリメラーゼ阻害剤。BMSにとっては残念だが、他社も同程度の力価を持つ化合物を開発しているので、インターフェロンを用いない全経口剤レジメンや、ribavirinを用いないレジメンの夢が消失したわけではない。

リンク:BMSのプレスリリース

【承認申請・承認】


リジェネロン/サノフィの新種のバイオ薬が承認

(2012年8月3日)

米国のバイオ企業であるリジェネロン(Nasdaq: REGN)と開発販売パートナーであるサノフィは、Zaltrap(ziv-aflibercept)が米国で承認されたと発表した。切除不能・転移性結腸直腸癌で、oxaliplatinベースの多剤併用療法に反応しなくなった患者に、FOLFIRIというirinotecanベースのレジメンと併用する。

Zaltrapは一風変わった抗体医薬で、二種類のVEGF受容体のサブユニットをG1型免疫グロブリンの定常領域と細胞融合した。ロシュのAvastin(bevacizumab)に似ているが、VEGF-Aの様々なアイソタイプに結合することが特徴。臨床的な特徴はAvastinと大差ないように感じられるが、作り方が違うため、先行企業の特許を掻い潜って類薬を発売することを可能にする、注目の技術だ。

ロシュが『眼科のアバスチン』とも言うべきLucentisをラインアップしたのと同様に、リジェネロンはバイエルと提携して『眼科のaflibercept』であるEyleaを販売している。今回初めて知ったが、Zaltrapの一般名は接頭辞としてzivが付いている。Wikipediaによるとヘブライ語で光という意味のようだが、レーベルを読んでもEyleaとどこが違うのか、分からない。日本人の感覚では、ザルなトラップという商品名も違和感がある(^_^;) 。

リンク:FDAのプレスリリース

リンク:リジェネロンのプレスリリース

Arcalystの適応拡大は認められず

(2012年7月30日)

リジェネロンはZaltrap、EyleaのほかにArcalyst(rilonacept)も販売している。IL-1受容体の二種類のサブユニットを免疫グロブリン定常領域と細胞融合したもので、CAPS(クリオピリン関連周期性症候群)という自己免疫性希少疾患の治療に用いる。ノバルティスの抗IL-1ベータ完全ヒト化抗体、Ilaris(canakinumab、和名イラリス)も承認されており、両社は適応拡大競争をしているが、思ったより難航している。

リジェネロンは痛風の尿酸治療に伴うフレアの予防薬として米国で適応拡大申請したが、審査完了通知を受領した。追加データを求められた模様だ。5月に開催された諮問委員会では、11人の委員が全員一致で承認に反対した。治験の投与期間が短いこと、深刻な有害事象が見られたこと、効果が穏やかであることなどが理由だ。Ilarisの同様な適応拡大申請も認められなかった。

大手製薬会社は新薬開発戦略をマーケット・インからプロダクト・アウトに転換している。アルツハイマー病用薬とか、血糖治療薬とか、先に目標を決めてから実現方法を検討するのではなく、手元にある斬新なコンパウンドや特許を元に、その薬に最も適した疾患を市場性を問わずに最優先する。もし成功し、発売の目処が立ったら、もっと大きな市場に適応拡大を検討する。

抗IL-1抗体はこの戦略のフラッグシップとも言うべきプロジェクトだが、やはり、米国の患者数数百人の疾患と数百万人の疾患では求められる安全性(エビデンス)のレベルが大きく異なるようだ。

リンク:リジェネロンのプレスリリース

GSKが二種類の悪性黒色腫用薬を承認申請

(2012年8月3日)

グラクソ・スミスクライン(GSK)は、V600変異型BRAFを持つ切除不能・転移性黒色腫に用いる経口剤を二種類、米国で承認申請した。一つはBRAF阻害剤GSK2118436(dabrafenib)で、承認されればロシュのZelboraf(vemurafenib)に次ぐ第二号になる。もう一つは日本たばこからライセンスしたMEK1/2阻害剤GSK1120212(trametinib)で、こちらはファーストインクラス。併用試験が進行中だが、今回はどちらもモノセラピーとしての承認申請だ。

欧州では、まずdabrafenibを承認申請した。trametinibも数ヶ月内に申請の予定。遅れる理由は明らかではない。

両剤の第三相試験の結果は今年のASCO米国臨床腫瘍学会で発表され、大きな注目を集めた。どちらも活性薬対照試験で、dabrafenibは増悪・死亡のハザードレシオが0.30、メジアン無増悪生存期間は5.1ヶ月対2.7ヶ月。trametinibは同じく0.45、4.8ヶ月、1.5ヶ月だった。効果は前者のほうが高そうだ。忍容性は前者は扁平上皮腫など皮膚有害事象が発生しやすく、後者は駆出力低下・心室不全や疲労のリスクがある。

RAFはEGFRなど成長因子受容体に端を発する細胞内シグナル伝達に関与する腫瘍関連遺伝子(蛋白)で、その川下で機能する腫瘍関連遺伝子がMEKだ。V600EやV600K変異型のbrafは活性が高く、成長刺激を送り続けて細胞の成長・増殖を促す。braf阻害剤はこのタイプの癌に高い効果を発揮するが、brafなどが更に変異して効かなくなることがある。そこで注目されるのがMEK阻害剤の併用だ。braf阻害剤耐性変異を誘導しにくい可能性がある。また、扁平上皮腫のリスクが低下する公算がある。

リンク:GSKのプレスリリース

アリアドがponatinibをローリング承認申請

(2012年7月30日)

米国の新興製薬会社アリアド(Nasdaq: ARIA)は、ponatinibを治療抵抗性・不耐性の慢性骨髄性白血病(CML)やフィラデルフィア陽性急性リンパ性白血病(Ph+ALL)の薬として米国で承認申請したと発表した。CMC(化学・製造・管理)に関する書類の一部は9月までに提出する予定とのこと。

承認申請するためには臨床、前臨床、CMCの三種類の書類を提出しなければならないが、ponatinibはローリング承認申請が認められたので、出来上がった順に提出して審査を開始してもらうことができ、その分、早く承認を得る可能性が生まれる。優先審査指定されるだろうが、前例では、ノバルティスのGleevec(imatinib、和名グリベック)のように、最後の書類を提出してから4ヶ月で承認されたものもある。

ponatinibはグリベックと同じbcr-abl阻害剤だが、グリベック抵抗性を持つT315I型にも活性を持つことが特徴。承認申請の根拠となる第二相試験では二種類以上のbcr-abl阻害剤に反応しなくなった慢性期CML患者に投与したところ、主要遺伝学的応答率(MCyR)は全ユニバースで54%、T315I変異型だけだと70%に達した。主要分子遺伝学的応答率(MMR)は全ユニバースで30%だった。

承認審査におけるリスク要因は、第一に、非対照試験のMCyRやMMRデータが薬効のエビデンスとして十分と看做されるかどうか、だろう。T315I型に有効であることは例外扱いに値するので、このタイプに限定して承認される可能性もあるが、この場合、検査方法が確立していない模様であることがリスク要因だ。アリアドはプレスリリースの中でMolecularMD社が検査キットをPMA(医療機器の販売承認申請)したことに言及しているが、このキットの特異度や感度が重要になる。

リンク:アリアドのプレスリリース

ファイザーの抗リウマチ薬は承認遅延の公算

(2012年7月31日)

ファイザーは、抗リウマチ薬として欧米で承認申請中のJAK阻害剤、tofacitinibに関して二つの発表を行った。第一は、methotrexate(MTX)対照試験の一年経過時点の解析で症状改善効果(ACR70)と関節損傷抑制効果(mTSS)が有意に優れていた。mTTSは過去の偽薬対照試験で解析がフェールしたが、やはり、半年間の治験で有意差を出すのは難しいのだろう。

もう一つの発表は、米国の承認が遅延しそうであること。審査期限は8月21日だが、FDAの要請に応じて今月上旬に追加分析を提出する予定であり、日程的にタイトになった。

tofacitinibはIL-2などの受容体の細胞内シグナル伝達に係わるJAKを阻害する経口剤で、臨床的な作用・副作用は中外製薬の抗IL-6受容体ヒト化抗体、アクテムラ(tocilizumab)と良く似ている。経口剤としての免疫抑制作用は臓器移植後の拒絶反応を防ぐカルシニューリン阻害剤(プログラフなど)に匹敵し、高量を投与した拒絶反応予防試験では日和見感染症が見られた。リウマチ試験でも癌や深刻な感染症の発生率が偽薬群より高かった模様。

それでも、MTX以外の経口剤を望む声は強く、5月に開催された諮問委員会では10人の委員のうち8人が承認を支持した。欧州や日本でも承認審査中。

リンク:ファイザーのプレスリリース

今週は以上です。

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