2012年3月25日

海外医薬ニュース週末版 2012年3月25日号



ニュース・ヘッドライン



新薬開発



PAR-1拮抗剤は心筋梗塞を減らすが出血事故が増える
3月24日にACC(米国心臓学会)でPAR-1拮抗剤vorapaxarのフェーズIII試験、「TRA 2P--TIMI 50」試験の結果が発表された。治験論文もNEJM誌のウェブサイトで公開された。心筋梗塞再発などのリスクを13%削減することに成功したが、出血リスクも有意に高まり、両刃の剣であることが確認された。血栓や血小板に作用する薬にはありがちなことだが、PAR-1拮抗剤はリスクとベネフィットのバランスが良いはずだった。



PAR-1は血小板のトロンビン受容体だ。トロンビンは血栓形成に関与するプロテアーゼとして知られているが、PAR-1を通じて血小板を活性化する作用も持つ。この作用は血小板活性化・血栓形成プロセスがある程度進んだ段階で活発化し血小板だけに作用するのでトロンビンを直接阻害する薬ほどは出血リスクを高めないはずである。また、アスピリンやチエノピリジン(クロピドグレルなど)などの他の血小板凝集阻害剤とはメカニズムが異なるので、三剤併用によるシナジーも見込まれる。



PAR-1拮抗剤で開発が一番進んでいるのがvorapaxarだ。シェリング・プラウの開発品だったが、MSD(メルク)が同社を買収した。フェーズIIb試験で出血事故を増やさずに心筋梗塞を防ぐ効果が示唆されたため、フェーズIIIに進んだ。今回のTRA 2P試験の組入れ対象は心筋梗塞や脳卒中/TIA(何れも発症から2週間以上、12ヶ月以内の亜急性期・安定期患者)、そして末梢動脈疾患の患者。世界32ヶ国の1,032施設で26,449人(うち日本は580人)を組み入れ、メジアンで30ヵ月フォローした。もう一本、非ST上昇型心筋梗塞を組み入れたTRACER試験もロンチされた。



ところが、2011年1月に、データ安全性監視委員会がTRACER試験全体と、TRA 2P試験の被験者のうち脳卒中/TIA既往の投薬中止を勧告した。頭蓋内出血などの出血事故が偽薬群より多かったからだ。TRACER試験の結果は昨秋のAHA科学部会とNEJM誌で発表されたが、心筋梗塞再発などを防ぐ有意な効果はなく、出血事故が増えるだけだった。TRA 2P試験では心血管因による死亡、心筋梗塞、卒中の複合評価項目の発生率が3年間で9.3%と偽薬群の10.5%より有意に低かった(HR0.87、95%CI 0.80-0.94、p<0 .001="" br="">


脳卒中/TIA既往患者以外では出血リスクは小さく、また、心筋梗塞経験者で且つ体重60kg以上の患者だけのサブセグメント分析では出血事故を増やさずに再発を予防する効果が示唆された。しかし、サブセグメント分析なので説得力が高くなく、また、TRACER試験の結果と一致していないので再現性に疑問が残る。何れにせよ、患者を吟味して慎重に使うべき薬であることは明らかであり、当初の期待が外れたと言わざるを得ない。残念な結果になった。



ところで、今回の試験で驚かされるのは、脳卒中/TIA既往患者の24%が治験開始時点でアスピリンとチエノピリジンを併用するDAPT(デュアル・アンチ・プレイトレット・セラピー)を受けていたことだ。脳卒中には単剤で十分であり併用しても出血リスクが高まるだけであることが認知されていないのかもしれない。選ばれた医療施設の選ばれた医師が厳選された患者を対象として行う試験でもこうなのだから、日常医療ではもっと多くの患者がDAPTを受けているかもしれない。新規チエノピリジンやXa阻害剤、トロンビン阻害剤など抗血小板薬、抗血栓薬の新薬が続々と登場しているが、程度の差はあれ両刃の剣であることに違いは無いので、エビデンスをよく吟味して患者毎に適性を慎重に評価することが重要だろう。



リンク:NEJM誌TRA 2P試験論文(要登録)

リンク:PubMed TRACER試験論文抄訳(オリジナルはNEJM誌で刊行)



抗PCSK9抗体のPOC試験結果がACCで発表される
米国の新興製薬会社であるリジェネロン社(NASDAQ: REGN)がサノフィと共同開発しているREGN727/SAR236553のフェーズIIa試験の結果が、3月2日にACC米国心臓学会のlate-breakerとして発表される。LDL-Cを削減する効果はありそうなので、今回の発表、そして将来の臨床試験では安全性が最大の注目点になるだろう。



この薬はPCSK9に結合するフル・ヒト抗体で、皮注投与する。PCSK9はプロテアーゼの一種で、LDL-C受容体の零落を促す。従って、抗PCSK9抗体を投与することによって血液中のLDL-Cが肝臓に取り込まれるのを促進し、血清LDL-C値を下げることができるかもしれない。アフリカ系の中にはPCSK9機能喪失多型を持つ人がいて、心血管疾患が少ない由である。



両社は昨年11月にPOC試験三本中、一本のヘッドラインを発表している。ヘテロ接合型家族性高脂血症の患者に12週間投与したところ、LDL-C値が用量・用法に応じて30-65%低下し、偽薬群の10%を有意に上回った。肝機能検査値異常やCPK上昇は見られなかった。



リンク:学会発表に関する両社のプレスリリース
POC試験に関する2011年11月のプレスリリース


mGluR5阻害剤はパーキンソン病患者のレボドパ誘導性ジスキネジアを緩和できるかもしれない
スイスの新興医薬品開発企業であるAddex Therapeutics(SIX: ADXN)は、mGluR5阻害剤dipraglurantのフェーズIIa試験が成功したと発表した。レボドパを服用しているパーキンソン病患者のレボドパ誘導性ジスキネジア(LID)を治療する上での忍容性や効果を調べたもので、重大な有害事象は増加せず、症状を緩和する効果の兆しが見られた。小規模なプルーフ・オブ・コンセプト試験なので信憑性はそれほど高くないが、mGluR阻害剤の臨床研究は未だ始まったばかりと言ってもよい段階であり、また、この用途は比較的斬新だ。今後が注目される。



mGluRはグルタミン酸の受容体で、LIDのようなグルタミン酸が関与する疾患における役割が注目されている。イーライリリーがmGlu2/3受容体作動剤を統合失調症などに臨床開発しているほか、LIDではノバルティスがmGluR5阻害剤AFQ056でフェーズII試験を行っている。Addex社はmGluRの研究で実績があり、これまでに複数の大手製薬会社と共同研究、共同開発契約を結んでいる。



今回の28日間の試験のハイライトは、先ず、有害事象発生率はdipraglurant群が88.5%、偽薬群75%。mGluR5関連の有害事象(回転性めまい、視覚障害、酩酊感)が10%未満の患者で発生したが重度ではなく薬剤投与に影響は無かった。探索的な薬効解析では、抗ジスキネジア作用の指標であるmAIMSが投与初日も第14日も有意に減少した(p値は0.04前後)。効果は第28日も維持されていたが、偽薬群の数値が改善したため有意差に届かなかった。レボドパの効果は妨げられなかった。



この試験は、映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」の主演で有名なパーキンソン病患者、マイケル・フォックスが患者や研究を支援するために設立した、Michael J. Fox Foundationの補助金を受けて実施された。Addexは、開発成功を前提に10億ドル以上のピーク時年商を見込んでいる。



リンク:Addex社プレスリリース


承認申請・承認


グラクソがアドエアの次世代品を承認申請へ
グラクソ・スミスクラインがTheravance(Nasdaq:THRX)と共同開発しているRelovairのフェーズIII試験が完了した。年央に承認申請される見込み。喘息症やCOPDの維持療法薬として世界中で広く用いられえいるAdvair(和名アドエア)の次世代品で、Advairに配合されているステロイド、fluticasoneの新しい塩と新開発の長期作用性ベータ2作用剤vilanterolを配合した吸入用コンビ薬だ。Advairと比べた長所は、吸入頻度が一日二回ではなく一回で済むこと。効果の面では幾つかの試験ではAdvairより優れていたが、他の幾つかの試験では大差無かったので、判然としない。



欧州では年央に喘息症とCOPD用途で承認申請される予定。米国はCOPDだけで承認申請し、喘息症用途はFDAと相談を続ける。FDAはベータ2作用剤の常用と重篤な喘息発作の関連性を懸念していて、Advairを含む既存の薬品のメーカーに大規模安全性確認試験の実施を要請している。効果が高い薬はリスクも高い可能性があるので、Relovairの承認に慎重であったとしても不思議は無い。



リンク:

GSKのプレスリリース
FDAの長期作用性ベータ2作用剤に関する情報サイト


FDA諮問委員会はpazopanibを軟組織肉腫に支持、ridaforolimusは支持せず

3月20日に開催されたFDA腫瘍学薬諮問委員会は、軟組織肉腫用薬として承認申請された二種類の薬剤を検討した。何れも評価が分かれたが、pazopanibが賛成11人、反対2人と承認を支持する委員が太宗を占めたのに対して、ridaforolimusは賛成1人、反対13人で厳しい結果になった。

pazopanibはグラクソ・スミスクラインが開発したVEGF受容体拮抗剤で、Votrientという商標で腎細胞腫向けに承認・販売されている。ridaforolimusはARIAD社(NASDAQ:ARIA)がMSD(メルク)に導出したmTOR阻害剤で今回が初めての承認申請。何れも、末期軟組織肉腫の化学療法を受けた患者の維持療法用薬として承認申請された。尚、pazopanibの試験ではGIST(消化管間葉系腫瘍)や脂肪細胞肉腫は除外された。

明暗が分かれたのは治験成績が原因のようだ。pazopanibの試験ではメジアンPFS(無増悪生存期間)が4.6ヶ月と偽薬群の1.6ヶ月を有意に上回り、全生存期間も12.6ヶ月対10.7ヶ月で延命効果の兆しが見られた(有意ではない)。一方、ridaforolimusの試験では、PFSが16週対14週で有意であるものの差は2週間に過ぎなかった。全生存期間は20.8ヶ月対19.6ヶ月で有意差は無かった。肉腫は新薬が少ないunmet medical needだが、ridaforolimusは治療効果が小さく、また、副作用リスクについても維持療法用薬に求められる忍容性を満たしていない、と判断された。
リンク:GSKのプレスリリース
MSDとARIAD社のプレスリリース


医薬品の安全性



カナダも5アルファ還元酵素阻害剤の前立腺癌リスクを警告

カナダの厚生省であるHealth Canadaが、5α還元酵素阻害剤とハイグレード(高悪性度)前立腺癌の関連性について警告した。良性前立腺肥大の治療薬として承認されているフィナステリド(男性脱毛症にも承認)とデュタステリドの長期試験でリスクが見られたため。発生率やリスクは小さい。

この試験は前立腺癌予防効果を調べたもので、最初に実施されたフィナステリドのPCPT試験は期待通りだったが、何故か、ハイグレードの前立腺癌に関しては試験薬群の方が多かった。その段階では特殊な理由によるものと考えられたが、デュタステリドのREDUCE試験でも同じ現象が見られたため、真偽は依然として明らかではないものの、関連性を疑わざるを得なくなった。

フィナステリドは脱毛症の治療に使う時は5分の1の量を用いる。この用量・用途での大規模長期試験は実施されていないので、同様なリスクがあるのかないのか分からない。Health Canadaは否定できない以上、疑うべきと判断した。

尚、米国では既に同様な警告が発出済みである。一方、日本の添付文書には記されていない。

リンク:Health Canadaの発表
この問題に関するFDAの発表


サクサグリプチンのドクターレター

二型糖尿病治療薬Onglyza(saxagliptin)を欧米で共同販売しているBMSとアストラゼネカが欧州でドクターレターを発出した。市販後監視で重篤な過敏反応や急性膵炎の懸念が浮上したことから、過敏反応を経験した患者は禁忌とすること、膵炎の徴候(持続的、重度の腹痛)を患者に教えること、もし膵炎が疑われる時は投与を中止すること、を呼びかけている。

saxagliptinはDPP-IV阻害剤と呼ばれる新しいタイプの血糖降下剤で、血糖値が上昇するとインスリン分泌を刺激する。SU剤と異なり膵臓が疲弊しにくいため、長期投与しても効果が減衰しにくい。また、経口剤としては唯一の体重が増えない薬である。日本では大塚製薬がフェーズIII試験中。

膵炎のリスクはMSDのDPP-IV阻害剤ジャヌビア(シタグリプチン)の海外の市販後有害事象報告でも見られ、また、同じパスウェイに作用するGLP-1阻害剤、イーライリリーのバイエッタ(エキセナチド)でも見られる。おそらく、ノボ ノルディスクのビクトーザ(リラグルチド)にもあるだろう。FDAはこれらの会社に大規模安全性確認試験を求めているので、数年後には、心筋梗塞を防ぐ効果や膵炎などのリスクに関するデータが出揃うだろう。

リンク:英国のNHSの医療従事者向けブログ
アイリッシュ・メディスン・ボード(ドクター・レターのリンクあり)


製薬会社の動き



アボットの創薬型製薬会社の名前はAbbVieに決定
アボットは2012年末に企業分割を行って、創薬型製薬事業と医療機器・GE薬事業の独立した二社を設立する予定だが、前者の社名がAbbVieに決定した。後者はAbbottの名前を受け継ぐ。

AbbVieのVieは、ラテン語でライフを意味するviに因んだもの。世界中の人々の生活を向上するべく、vital(重要な、力強い、などの意味がある)な仕事を継続するという意志が籠められている。AbbVieの年商は180億ドル規模で、抗リウマチ薬ヒュミラ、前立腺癌治療薬リュープリン(米国などの販売権を持つ)、抗HIV薬カレトラなどを取り扱う。

リンク:アボットのプレスリリース


今週は以上です。

0 件のコメント:

コメントを投稿